22才・文学部
2006-01-29T00:06:16+09:00
evergreen0412
東京の片隅で、思い悩んだり行動したりする大学生の日々。
Excite Blog
分をわきまえるということ雑感
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2005-06-04T00:54:58+09:00
2006-01-29T00:06:16+09:00
2005-06-04T00:55:14+09:00
evergreen0412
未分類
例えば江戸時代だったら、基本的には士農工商(えた・非人)と身分が決まっており、
ひたすら父親の仕事を息子が継いでゆくシステムがありましたが
この場合それぞれの身分が持つ役割は決まっており、
人生で何を為すべきかは明確だったわけです。
それを否定したのが民主主義だった。
とはいえ私たちは親の年収であるとか育った文化的環境に応じて物事に対する興味や偏差値はある程度決定され(もちろん例外は多々見つけられますが)、
もしブランド大学に行けなかったとしても親がそれなりの社会的地位にいれば、
「人脈」やら「気質」を使ってなんとかなることもあった。
まあ多くの場合、結局カエルの子はカエル、ということ。金銭面に限っての話ではなく。
話がずれました。
分度論は言い換えると、「名と分」
例えば父には父と言う名があり、父が果たさなければいけない分があるということ。
僕たちはゲイである故、社会の様々な制約からある程度は自由になることが可能です。
同時にいらない苦労も山のように体験しなければならないけどね。
で、風俗街と社交場が混在している場がもっぱら活動フィールドな訳で
ゲイだということを理由にそこに浸かって現実から目をそらすことは比較的容易だったりする。
僕たちは何を基準に自己や周囲の評価を決定するのでしょう。
多分大学教授や青年実業家って言葉より、
イケメンとかマッチョとかいう言葉に反応するんだろうな。
出会いの方法や社会的しがらみがない分、くっついたり離れたりするのは自由で
安定よりも刺激が幅を利かせて
判断基準は外見とか体の相性とかだったりすることが多い。
もちろん重要な要素だろうけどさ。
僕だって、まだ踊らされてる。
「ゲイだってことを理由に社会的責任から目をそらしちゃダメ」
母親に言われた言葉。僕に言いたかったところは別にもあるのだろうけど。
ゲイは人生において何をすべきなのでしょうかね?
実はこの問いに対してのヒントはこちらの文章で提示されています。
「無謀に驕り高ぶる」こともできず、「選民意識」もない僕は、
やはり従来の「エロ・グロ」路線に苦しめられていると言わざるを得ない気がします。
あんまり認めたくないけど。
そんなこと考えないで、現状を楽しめば良いんだけどさ。
どっかで楽しめてないからこんなこと考えちゃうんだよ。]]>
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